2007年03月アーカイブ

2007年03月12日

ロープ ~親子カウンセリングのある日~

「これ以上私は
何をすればいいのですか!」

重度のうつに悩んでいる娘を前にして、
言った母親の予期しない言葉。

私は、深い深い穴の絵を描いた。
穴の底は、どこまで落ちるか分からない
底なし沼として。
そして、穴の底に、
人の絵を描いて言った。

「ここに、彼女は今、
いるのです。」

真っ暗な穴の中。
出口の出方も分からない。
ここで絶望し、疲れきって、
それでも必死に、心から叫ぶ。
でも、声も出ない。
外の人間にはその声は届かず、
聴こえない。
深い闇の中。
それでも、助けを待ち続けている。

そんな状態であることを、
とにかく分かってほしかった。

あなたの娘ですよ。
生きてるんですよ。
あなたに助けてほしいのですよ。

お母さんは確かに、
頑張っているのかもしれない。
いろいろと尽くしているのかもしれない。
お母さんも疲れているのかもしれない。
お母さんが病気になりそうなのかもしれない。

でも、私も、お母さんも、
病院の先生も、
誰もその穴の中に入って、
助け出すことはできない。
穴の底まで一緒に降りることはできない。

「だからロープを投げるね。
あなたはただ、
両手でしっかり
そのロープを握っていて。
それだけでいいから。
そしたら、病院の先生と、
カウンセラーの私と、
お母さんとお父さんで、
必ず引き上げてあげるから。
でも、ロープを離さないでね。
あきらめないでね。」

ロープの握り方が分からなかったら、
大声で教えてあげよう。
とにかく握っていてと伝えよう。
離さないことだけ、何回も言おう。

「この子は、
治す気が足りないのです。」

治す気力もないのです。
治るという希望さえ、
もう分からないのです。
ロープを握ることがやっとなのです。

だからお母さん、
どうか、そんな言葉、
この子に言わないで。
その言葉だけは、言わないで。

心の中で、ひたすら祈り続けた。
2時間が経った。

やっとやっと、

「やりすぎる程は、
やっていなかったかもしれません。
もう一度、一からやり直しですね。」

お母さんの口から
こぼれ出た言葉。
最後の言葉。

引き上げられる気がした。
もう一度、スクラムを組んで、
やり直せる気がした。
みんなのそれぞれの力で、
この闇の中から出口へと
導くきっかけができた気がした。

お母さんの言葉から少し経って、
その子は、細い指で、
たばこに火をつけ、
ため息をひとつついた。

ホッとしたんだよね。

そんなある日の親子のカウンセリング。

投稿者 椎名 あつ子 : 19:46 

プロフィール

横浜心理ケアセンター

『横浜心理ケアセンター』

2000年から横浜市中区で開設しているカウンセリングルームです。
多種医療・弁護士などとの協力体制のもと、心理カウンセリングを行っています。
このブログでは、センターの代表である私が、一人の人間として、一人の女性として、またカウンセラーとして、日々の生活の中で感じた様々な出来事などをエッセイ風にみなさんにお伝えしていきたいと思います。

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