2015年07月アーカイブ

2015年07月28日

分離

「人生には
分離の時があります。」

京都のあるお寺の住職さんの言葉です。

それは、どうすることも出来ない
誰が悪いわけでもなく
その時期は離れるべき時だったと。

春が終わり梅雨を乗り越えて
夏の太陽に自然と慣れていくように。

いつの日か
子どもが
親からはなれて
彼らの価値観で生きていくように。

それが分離の時。
別れではなく
離れる時
そういったことが
私たちの宿命でもあり
必然でもある。

そして、分離の後に
また
違った出会いを知ることとなる。

私も
去年、分離を経験し
今年は
大きな出会いがありました。
だから
いまの私がいるのだと。

新しい出会いは
心が震えるほどの
喜びと
感謝でもあります。

これこそが
ドラマなのだと
感じています。

投稿者 椎名 あつ子 : 12:52 

2015年07月21日

魔法

 

わたしは
キッチンが好きで
寝れないときは
冷蔵庫のものたちを集めて
そのときの気分で
作りはじめる

玉ねぎは苦手だけど
刻んで刻んでいると
涙がぽろぽろでてくる

悲しいときにこんなに泣けたらいいのに
そんなことを思ったり
今日は、何だったんだろう
と回想したり
迷子になったら誰が見つけてくれるのかな
とか、
かくれんぼの気分を味わったりしてる

寝れない日は、
ばかばかしいことで
頭がいっぱいになってる

だけど、時間が少し経つと
おいしい香りが立ち込んで
キッチンはわたしのお城になって
トマト煮込みの野菜スープとかが出来上がっている

寝れない日は
魔法にかかったんだと思う事にしている

だからなのか
夜中に作る料理は
なぜかおいしい

魔法のせいだからかもね

投稿者 椎名 あつ子 : 16:00 

2015年07月14日

Liberty

いつの日か

この傷みや苦しみが、

嵐の次の日に、

信じられない程の美しい朝の光に出会うように、

あなたの心から消えて、

自由になれますように。

 

いつの日か、

混乱と怒りと絶望の、

心と手足がもぎられるような悲しみが、

あたたかな優しさに包まれた、

安らぎの時間になり、

自由になれますように。

 

その時がいつも、

あなたの横に、あなたの前に、

あることを信じて、

自由になることを信じて。

 

この瞬間 瞬間を、

つらい つらい よじ登るような道であっても、

血だらけになっても、

はい上った先に、

必ず、広く、大きな宇宙のような、

世界があることを、

忘れないで、

自由になることを、

おそれないで、信じて、

一緒に生きていこう。

 

果てしない ずっと向こうの、

星にも命が息づいているように、

誰も まだわからないけれど、

そんな世界を、宇宙を作った、

神様がいるのなら、

この私にも、

そしてあなたにも、

果てしない 生きるエネルギーは、

あるのだから、

怖がらないで、

星から届いている、

光を受けとめて、

感じて、

生きてみよう。

自由は、私たちみんなの中に、

あるのだから。

投稿者 椎名 あつ子 : 12:33 

2015年07月02日

びわ

 

オレンジ色のびわがとてもかわいくて、
旬のくだものとしても大好きなので
買いました。

「びわはやさしい木の実だから、
抱っこしながら ゆれている」

昔、子供の頃 びわを食べながら
歌っていた童謡を思い出しました。
「抱っこしながら ゆれている」
のは今だに見たことがないな、
そう思いながら
びわの歌の歌詞を探しました。

「びわはやさしい 木の実だから
だっこしあって うれている
うすい虹ある ろばさんの
お耳みたいな 葉のかげに

びわは静かな 木の実だから
お日にぬるんで うれている
ママといただく やぎさんの
お乳よりかも まだあまく」
歌詞 まどみちお

「だっこしながら ゆれている」
と思っていたけれど
うれているだったことをはじめて知りました。

そして、ママといただく びわが
甘かったのは、私も 同じだったのかもしれないと、
思ってみたのでした。

でもどうしても思い出せないのです。

びわを母と食べた幸せな時間を。
昔の小さかった頃の私と母が
びわを食べてた時間は、
きっと私にとっては最高の何かのごほうびの日
だったのかもしれないとか、
だから、ずっとびわが大好きで
この時期、いつも買っていたのかもしれないとか、
考えたりして、それでも、
全く思い出せないことが悲しくて
記憶にない記憶を一生懸命探してみました。

でも、そんなやさしい、静かな
母との記憶は
正直、私には無いのです。思い出せないのです。
私が子供の頃、
母はいつも おこっていました。
母はいつも イライラしてました。
母は 私がテストの点がいいときは、
いつも笑ってくれました。
そして、「もっとできるわ」といいました。
私は、母が私が何かできてよかった時にやさしかった以外
母の笑顔は
私の小さかった頃の記憶にはありません。
だからびわの記憶もありません。

そんな母も80才近くになり、
病気になりました。
まだ、私は、この病気の内容のことを母に
いえずにいます。
いついうべきか悩んでいます。
それでもこれから 私と母との
闘病時間が始まります。

だから私は、とにかく、小さかった頃の
やさしく、静かな記憶を
どうしても、どうしても、
探したいのです。必要なのです。
そして、母にやさしく静かに
接したいのです。
もし、私と母に残された時間が
少ないのであれば
すべてを受け止めて、あきらめず、
やさしく、
そして私と母との過去を
悲しまずに
大きな 大きな 大きな
最高の甘い愛で
包み込んで、
涙は流さずに、
凛として、
ありがとう と 母に
いいたいのです。
それが 神様に与えられた
そして人として、母の娘として、
ためされている 時間なのだと
思います。
母は今はとても小さくなりました。
そしてとても とても やさしい人です。
かわいくて、今だに美しい人です。
だからびわは 本当に
忘れられない 木の実となりました。

今だからこそ
びわを母と食べたいと思います。

投稿者 椎名 あつ子 : 16:37 

プロフィール

横浜心理ケアセンター

『横浜心理ケアセンター』

横浜市中区に開設している女性のための心のカウンセリングルームです。
このブログでは、センターの代表である私が、一人の人間として、一人の女性として、またカウンセラーとして、日々の生活の中で感じた様々な出来事などをエッセイ風にみなさんにお伝えしていきたいと思います。

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