2023年10月03日

言葉のニュアンスってむずかしい

先日電車に乗っていると
目の前に高齢の女性が近づいたのを見て
中年の男性が席を譲ろうとしたところ、
その女性が「いいです、大丈夫です」と手を振り
男性がさらに「いやどうぞ」と促しても座ろうとせず
すでに席を立ってしまった男性は座りなおすのもバツが悪そうで
ちょっと不本意な表情のまま、席を離れて行ってしまいました。

そういえば私も以前、
ビルのエレベーターで最下階まで降りてきたときに
「開」ボタンを押しながら奥にいた同年配ぐらいの女性に
「どうぞ」と声をかけたところ、
その方も「どうぞお先に」というジェスチャーで返され
しばらく「どうぞ」「どうぞ」の譲り合いになり
その場にずっといるわけにもいかないので仕方なく先に出てきて
ちょっと後味の悪い思いをしたことを思い出しました。

電車で席を譲られた女性は「遠慮」されたのでしょうが
もしかすると譲られるほど歳はとっておらず元気だという自負、
年寄扱いされることへの抵抗感、
プライドのような感情がとっさに出たのかもしれません。
しかし席を立った男性は面目がつぶれたような格好になった気がしました。

遠慮することは奥ゆかしい所作ではありますが、
時に本心を隠されているような気持になったり
もっと素直なリアクションが欲しいと思う相手には
逆効果になることもあるように思います。

ここについては
日本語の言葉の曖昧さからくる
本音と建前などの行き違いが起きるような気も致します。

「いいです、大丈夫」は英語の場合
「No, thank you」となると思うので
行き違いは少ないように思います。

また、本音と建前といえば
例えば、京都ではお招きに預かったとき、
「ぶぶ漬けでもいかがどすか?」と言われたら
それは「もう帰ってや」という意味らしいので
関東の人からみたら、ますます分からなくなると思います。

京都はもともとは貴族文化圏なので、揉め事を避けようとして遠回しに言う。
この「察する」という気持ちが粋であるという考えのようです。

「察する」ことの難しさを言うならば
夫婦間の感覚の違いを日々感じています。
遠回しに言う言葉が結局理解されず
イライラになってしまうことも日常よくある問題です。

(妻)「今日、夕飯どうする?何がいい?」
直訳→今日は作りたくない
  ※夫は食べたいものを正直に言ってはいけない

(妻)「今日、なんか風邪ひいたみたい、だるいのよね」
直訳→労って欲しい、心配して欲しい、手伝って欲しい
  ※夫は早く寝れば!?とか何度熱あるの?とかは言ってはいけない

(妻)「今日は何時頃帰ってくるの?」
直訳→早く帰ってきて手伝って欲しい
  ※夫はまだ分からないと言ったり、時間を正確に伝えればいいわけではない

(妻)「子どもが最近言うことを聞かないのよ」
直訳→なんで毎日私だけが子どもの面倒を見なくちゃいけないの。
   もう少しあなたも関わってよ…!
  ※夫は反抗期なんだよ、とか
おまえがうるさすぎるんじゃないか、などは決して言ってはいけない

というように、妻の言葉には京都人の言葉の奥ゆかしさに裏があるように
夫もそこを知れれば多少、日々の口喧嘩が減るようにも感じたりします。

ただ、このブログを書いていて思う事は
男性からすれば、女性も確かに面倒くさい、分かりづらい動物だなと
私自身も反省したりしました。

このように、相手が他人であったり
環境や習慣が違ったり、年齢差だったりすれば
ズレや誤解はあたり前に起きますし
男性と女性となれば尚更のこと全く違った生き物であり、
価値観は同じではなく
たくさんの感覚の違いがあるということだと思います。

コミュニケーション能力といえばそのまんまですが
言葉のニュアンスって本当にむずかしい永遠のテーマだなと
つくづく思った時でした。

投稿者 椎名 あつ子 : 17:06 

2023年09月15日

家族カウンセリングのストーリー

夫婦カウンセリングでお子さんを連れていらっしゃる方が時々います。

こちらでは託児室環境はありませんので
生後1歳ぐらいまではパパかママのお膝の上で
一緒にカウンセリングルームで過ごすか
または、お子さまに待合室で待っていただく
(絵本、ゲーム、お菓子等を用意していただいて)こととなります。

A様の場合は夫婦修復の為の別居を試みることになっていました。
A様御夫婦は御主人の女性問題や金銭的なこと
家事一般の考え方や性格の不一致などで夫婦喧嘩が絶えず
いつも子どもたちの前で罵倒し合ってしまう為に
夫婦が距離を置くという意味で別居を選択しました。

A様は御主人が実家へ、奥様と子どもたちは今の住んでいる家に
残ることになりました。
新しい生活スタイルの中で3ヶ月後
週末の1日だけは家族全員で外で会うこととなりました。

週1日だけは家族みんなで楽しくご飯を食べる、思いっきり遊ぶ
ネガティブなことは忘れる、そして夜はお互いぐっすりと眠る。
そんな「あたりまえの暮らし」に近づく努力をしてみるという目標でした。

別居して半年が経った頃には
スペシャルな旅行やイベントがなくても
家族が一緒になる日は子どもたちも朝早く起きたり、
ママのお洗濯のお手伝いをしたり
パパにお手紙を書いたり、学校の宿題を見せるためにリュックに入れたり
嬉しくていてもたってもいられない
そんなあたりまえの小さな幸せが子どもたちの中で生まれ始めました。

夫婦間では今までは日常の家事分担が忘れられたり
注意しても無視されてイライラしたり
文句ばかり言われ続けていることに腹立たしく感じていたりした日常が
相手がいないことで罵倒するケンカはなくなりました。
不満は静かな時間へと変化しました。

ただ、その変化にだんだんと不安と孤独感が訪れてきました。
「何のために生きているのか」「このままの生活を続けていく意味は何なのか」
楽しいはずの週末だけの時間は切ない孤独感を味わうものとなっていきました。

今までは近すぎて見えなかったものがそこにはありました。

どんなに大切な物もいつもそばにいると
見失って忘れてしまうことはよくあることなのだと思います。

カウンセリングを始めて1年経った頃、
もう一度一緒に家族で暮らすことを決断する日が訪れました。

「パパ…そろそろ帰ってこない?」
と奥様が静かに、でもしっかりした声で御主人に伝えた時

「ああ…ありがとう。帰りたいなと思っていた頃なんだ…
 もう一度やり直したいと思っている」

私はお二人の目頭から溢れる涙がとても美しかったことを
今でも覚えています。

「お子さまたちに、ここに呼んで報告しませんか?」

私は待合室で待っている兄弟をカウンセリングルームへと呼びました。

「今日からまたパパとママとみんなで暮らすことになりましたよ…」

その言葉を投げかけたとたん、
兄弟はパパとママの胸に思いっきり飛びついて
わんわん泣いていました。
兄弟同士抱き合ってわんわん泣いていました。

何度も何度もパパとママに抱きついてクルクル踊っていました。

こんなに愛をストレートに表現されること、
こんなに大事にされ愛されることは
長い人生の中でも数少ない
親が経験できる至福な事なのかもしれません。

「あたりまえ」のようで「あたりまえではない」
この時間は私にとっても大きな感謝でした。

あの時の御夫婦はカウンセリングを卒業した後
御報告のお手紙を下さいました。

あれから、何年が経つのでしょう。

純粋な思いで真っ直ぐに愛を信じて
大きな喜びを経験したあの兄弟を思い出した日でもありました。

投稿者 椎名 あつ子 : 15:31 

2023年09月08日

ほめること

「ほめる」という言葉は日常生活や
学校や会社でも使われることの多い言葉です。

最近、「ほめる」という状況で気になったことがありました。

ある中学校の女子生徒がもう一人の友達と一緒に
文化祭のために一生懸命絵を描き、そして
その絵のデザインもその絵の説明の文章も考え
クラスの中心となって二人でがんばりました。
そして、その学年でその絵は優秀賞をもらい全校生徒の前でほめられました。

しかし、その後教室に戻ってから、何人かのクラスの生徒から
「調子にのってんじゃないよ」
「まるで自分たち二人でやったみたいな顔して偉そうにしてるんじゃないよ」
などの言葉を浴びせられたことがありました。

その女子生徒は長い間不登校気味で
この文化祭が何かしら自分を変えるためのチャンスになればと思っていて
その為に一生懸命がんばりましたが、
「他の子からすれば、文化祭の時だけ学校に来て
ほめられてズルいと思われたかもしれない」と思い、
自分が居てはいけないし嫌われても仕方がないと思い
再び学校には行かないことにしたという話でした。

このような友達同士のよくある日常的ないざこざから
いじめや不登校へと発展してしまうことは数多くあります。

今回は「ほめる」ことで起きたことですが
「ほめたたえ合う」ことが私たち日本人には欧米の人達と比べると
大人の世界でも少ないのかもしれないと思ったことでもありました。

「調子にのってんじゃないよ」「えらそうに」と言った生徒も、
もしかしたらほめられることに慣れていないために
違和感を感じたのかもしれないと思ったのでした。

家庭の中でも学校でも何か大きな事が達成した時だけではなく
日常の特別な事ではない小さな出来事に対してもほめたり賛美することが
自分も人も幸せにすることのように感じました。

まず身近な人へ、小さな事からでも
ほめ上手になりたいと思った日でもありました。

投稿者 椎名 あつ子 : 17:19 

2023年08月30日

名前

初診で医者に行くと、「いつも何の薬を飲まれていますか?」と問われ
(お薬手帳があればよいのですが) なかなか名前が出てこないことがあります。

薬の名前って結構難しいものが多いですよね。
しかも今ではジェネリックが多く出ているので、なお複雑になっている気がします。

薬の名前が難しい理由の一つは
処方する際に同じような発音で違う薬と間違わないように
他にはない固有の名称を考える必要があるからと聞いたことがあります。
同時に、薬効や、その薬に込めた願いなども表したいとなると
結構ネーミングは大変なようです。

例えば抗コロナ治療薬「モルヌピラビル」は
北欧神話に登場する雷神が持つハンマー
「ミョルニル」にちなんで名づけられたとのこと。

またイーライリリー社の新しい糖尿病薬で
肥満の治療にも効くといわれる「マンジャロ」は
一説によると肥満を克服するのは山の「キリマンジャロ」に登るほど
難しいゴールだとの意味が込められているそうです (本当かな?)

願いを込めて名前を付ける…
私たちにとっては子供の名前を付ける時がその機会ではないでしょうか。

日本では漢字の組み合わせも考慮するとかなり選択肢が広がり、
親としてはまさに思案のしどころとなります。
漢字の意味というよりは音感で決める人もいるでしょうし
特に最近では当て字を使う方も多いと思います。

いずれにしても子供の将来を想いながら考えた末に
たった一つの名前を与える極めて重要な「儀式」といって良いと思います。

TVやニュース、又カウンセリングのカルテで
人の名前を見る時、 親御さんがどんな気持ちで名付けたのかなと
思いをはせることがよくあります。

その子どもの将来や人生を思い描きながら
親の願いや祈りを込めて一生懸命考えて付けた大切な「名前」

あれから何年か何十年かが過ぎ
その子どもは親をどう感じ、どう思って今過ごしているのでしょうか…
そしてまた親はあの頃のあの気持ちを忘れてしまってはいないでしょうか…

私はカウンセリングの中で親と子の様々な確執や、
すれ違いの状態を知る度に
親子になった最初のあの頃の事を想像したりします。

そしてまた私自身も子どもたちに名付けたあの頃の時代を思い返したりします。

私の子どもたちが今の私をどう思っているのかも気になりますが
私が母になったあの頃の初心を忘れないように
(年齢を重ねる度に記憶に対しては不安にもなりますが)
意識するようにしています。

名前を付けた日の思いを
大切に心の中に刻み続けていきたいと
今日は何故か思った日でもありました。

投稿者 椎名 あつ子 : 15:13 

2023年08月22日

「無関心」という罪について

「愛の反対は憎しみではない。 無関心である」

これはハンガリー出身で、ホロコーストの生還者であり
1986年にノーベル平和賞を受賞したユダヤ人作家で
教育者のエリ・ヴィーゼル氏の言葉です。

さらに畳みかけるように
「芸術の反対は醜さではない。無関心である。
信仰の反対は異端ではなく、無関心である。
生の反対は死ではなく、無関心である」と彼の言葉は続きます。

強制収容所での凄惨な体験を経て
圧政や差別、暴力を糾弾し続けた彼の言葉には
生死をかけた重み、歴史的な意義があります。
 
しかし私たちの生活に置き換えてみると彼のメッセージは
ささやかな日々の暮らしの中にも思い当たることが多々ある気がしました。

例えばいじめ。
いじめられるのは直接の暴力にさらされ苦痛を伴いますが
恐ろしいのは周りの人たちが見て見ぬふりをすること。
味方かと思えば敵よりも冷淡な態度に遭遇し絶望感を味わうことになります。

そのいじめの体験は長い間心の中に傷として残り
その人の生活自体に負の影響を与えることにもなります。

また、家庭内での怒りの爆発や攻撃的な言葉や態度は
親(夫婦)たちが思っている以上に10年後、20年後の子どもたちの人生に
何かしらの問題が起きるきっかけとなってしまうことも少なくはありません。

私たちの日常の生活において馴れ合いやあきらめや
見過ごしが繰り返されていく中で
知らず知らずの間に大切なことが「無関心」になり
それが「ふつう」や「日常的」な物事として変換されていってしまう…。
「無関心」は「気にしないこと」とは違い
大きな罪であることなのかもしれません。

エリ・ヴィーゼル氏の言葉から「無関心から愛は生れない」と
考えさせられた日でもありました。

投稿者 椎名 あつ子 : 16:11 

プロフィール

横浜心理ケアセンター

『横浜心理ケアセンター』

2000年から横浜市中区で開設しているカウンセリングルームです。
多種医療・弁護士などとの協力体制のもと、心理カウンセリングを行っています。
このブログでは、センターの代表である私が、一人の人間として、一人の女性として、またカウンセラーとして、日々の生活の中で感じた様々な出来事などをエッセイ風にみなさんにお伝えしていきたいと思います。

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