2024年07月09日

「不完全」ということ

最近はテレビにも車にも音声機能がついているものが多いですが
私の発音が悪いのか、間違った答えを返してくることが多く、
不便を感じることがよくあります。
「違う!」と思わず呼びかけても、もちろん通じず、なお混乱することに・・・。

最近は機能を重視する家電や車などでは間違いは欠点であり、
より完璧が求められるといえると思います。
そして昨今の人工知能(AI)の目覚ましい進化を考えると
そう遠くない未来に、人間のように正確に言葉を理解し、指示通りの働きを完璧にこなすものができても不思議ではありません。

ところで、私は1歳半になる雌のチワワを飼っていますが、
彼女は「おいで」といっても来ません。
何度も「おいで」というと、おもちゃをくわえてきて遊んで、となります。
でも おやつを手にしたとたん、「おいで」と言わなくもすぐに飛んできたりします。
本当は指示通りに従ってくれるが良いのかもしれませんが、うまくいかないのも可愛いいですし、彼女の魅力のような気がします。

完璧ではないこと、正確ではないことの魅力、
うまくいかないことの「意義」のようなものが人にもあるように思います。

人にもそれぞれに個性があり、言うことが通じなかったり、
想定外の反応をしたりしますので
そのことが、特に夫婦や親子問題などでは
争いや不信につながることもよくあります。

程度にもよりますが、
相手に完璧な理解を求め、想定通りのリアクションを求めてしまうことは
半ば機械やロボットに対するようなことであり、
無機質な関係になってしまいますよね。

不完全、想定外、不便さを許容し、個性や魅力としてとらえるようにできれば
相手に対するリスペクトや、心の余裕にもつながるはずではありますが
そう簡単ではないのも事実です。

最近の夫婦カウンセリングでも
お互いの特性や価値観に対して認めることができずに
責め合う関係になってしまっていて
夫婦お二人が疲れてしまっていました。

それはどの家庭にもよくあることですが
家事の仕方や、子供への接し方、義理の親との関係、金銭感覚、セックスについて
など・・・
夫婦といえども他人同士ですので
たくさんのすれ違いが時間と共に
「不完全」な関係だと
結論が出てしまっている場合もよくあります。

世の中が益々、合理的になってきているからこそ
「不完全」な関係を

「にんげんだもの」

とユーモアで笑えたら
人間の弱さも失敗も愛おしくおもえるのかもしれないな。
そんなことを自分にも置き換えながら思ったのでした。

投稿者 椎名 あつ子 : 16:12 

2024年07月02日

左様ならば

「さよならだけが人生だ」

中国唐時代の詩人の于武陵(う・ぶりょう)が作った詩を
井伏鱒二が翻訳した言葉です。

人生は別れの連続だということを言っていると、とらえることもできるし
人生とは嵐の前に散ってしまう花のように
はかないものだともとらえることができるそうです。

最近、仕事でも、私生活でも
よくある出来事の小さなさよならを経験して
ふと、このフレーズを思い出したのでした。

さよならの語源は

「左様ならば」
に由来して
そのようであるのなら
そうであるのなら
という意味で

別れる運命を受け入れていく寂しさの中にも覚悟のようなニュアンスを感じます。

また、英語であれば

Goodbye
「God be with you
神があなたとともにあれ」
ということになります。

相手への思いやりを感じる言葉でもあると思います。

生きている中でどれだけの「さよなら」を人は経験するのでしょうか。

それはもちろん悲しすぎる絶望に近い別れもあれば、
愛着のある物品も含め、場所との別れなどもあると思います。

誰しも数えきれない出会いと別れを繰り返していると思います。

「さようなら」はもともと接続詞で、「だから」や「しかし」のように、文と文、語と語 をつなぐ役割を持つものです。

「そうであるなら」に続くのはネガティブな文章とは限りません。

「今日も一生懸命働いて充実した一日だった。さようなら(そうであるなら) 、明日も頑張りましょう」という文脈もあります。

「今まで通っていた大好きなお店だけど。そうならばまた、新しい場所を探そう」

「お互い努力して向き合ってきたと思いますので、新しいそれぞれの道に進む考えもありますね」
などたくさんあります。

「これまで」と「これから」をつなぐ「さようなら」。
別れは定めかもしれませんが、この接続詞の後に続くのはできれば肯定的な文章にしたいとも思った日でもありました。

最近経験した様々な私の「さよなら」にはそう感じています。

そして、
日本語の「さよなら」が
なんて切なくて美しい響きの言葉なのだろうと
柔らかな雨のしずくに触れながら思ったのでした。

投稿者 椎名 あつ子 : 13:46 

2024年06月26日

小さな光とひまわり

ドラマの最終回でした。
久しぶりに涙を流し続けた時間でした。

「アンメット」というドラマですが
unmetという言葉はmeetの満たす、達成するの否定形で
満たされていない、達成されていない
という意味になるようです。

主人公の脳外科医が、ろうそくを見ながら愛する人に伝えるシーンがあります。
「できた影に光を当てても、また新しい影ができて満たされない人が生まれてしまう。
どうすれば、くまなく照らしてアンメットをなくせるのか
その答えをさがしています」

その言葉に対して愛する人が、
「光は自分の中にあったらいいんじゃないですかね。
そしたら多分暗闇も明るく見えると思います」
と答えていきます。

このセリフには胸がうたれました。

光があるから影ができるわけですが

影の部分で満たされないで生きている人たちが実はたくさんいて
苦しい環境の中で生きていることを見過ごしてしまいがちであるのかもしれません。

このストーリーの内容とは違いますが
私のところへカウンセリングに来て下さる人の中に
光り輝く生活や地位や名誉があり裕福な人であっても
心の中は誰にも理解されない闇があり
その暗い恐怖や不安など、
取り除くことのできないアンメットがあったりします。

外見からではわからない世界があります。

このドラマからたくさんの事を学んだ気がしました。

その内容が心の中に響いて忘れられなかったからなのか

今日は、小さな花束を買いました。
じめじめするこの時期に
ほんのささやかな優しい光が照らせるといいなと
ひまわりの花を選びました。

黄色やオレンジ色のひまわりは
玄関を明るくしてくれたように思えました。

「光は自分の中にある」この言葉を大切にしたいと思いました。

投稿者 椎名 あつ子 : 14:03 

2024年06月18日

強い雨

強い雨が降り続けています。

今日は空全体が暗くて、部屋の中に居ても
激しい雨の音で気持ちも沈みがちになります。

今日のような雨ではなく
シトシトと降る雨の日はその音が心地よく、
静かな心の落ち着きを感じたり
雨に濡れた植物や地面、そして
雨粒の美しさの中に小さな輝きが見えたり
雨の空気や独特な香りを楽しめたりもできます。

でも今日は不安になる雨の音です。
何か恐怖すら感じてしまいます。

両親はまさか…買い物とかに出かけてたりはしていないだろうか?
保育園のお迎えの時間には雨が少しは落ち着いているだろうか?
ここに来るクライアントさんは車でいらっしゃるみたいだけど
大丈夫だろうか?
どこかで土砂崩れなど起きたりしないだろうか?

こんなことばかり考えてしまうこういった雨の日は
心を落ち着かせて穏やかに
ゆっくりと自然の姿を受け入れる時間にしたいと思います。

投稿者 椎名 あつ子 : 16:34 

2024年06月04日

生まれた日

先日は私の誕生日でした。

この日は、いくつになっても特別な日でもあります。

家族や、友人、そして自分自身の健康や幸せに感謝する日でもあり
過去一年の自分の経験や成長を振り返りこれからの一年に向けた
目標や期待を考えたりもします。

また、年齢を重ねることによる変化や人生の節目を意識したりもします。

最近で言えば
突然の世界のパンデミックを引き起こしたコロナ禍の中で
大切な人を失うかもしれない恐怖や
自分にも起こりうる突然の死についてや
普通に出かけることができなくなり会いたい人に会えない寂しさや
そしてまさに入院したまま家族に会えずに亡くなった人たちの孤独感など
たくさんの事があり、
今、普通の生活が戻りつつも
コロナの影響が今になって違った形で現れているかのように
人々の心がすさんできているように感じる時があります。

私が、<今この時を生きている>
その事は当たり前ではなくたくさんの人たちに守られ支えられていて
また、この日本に日本人として生きていられるからこそでもあり
それは
世界中の多くのたくさんの人たちの犠牲があってのことなのかも知れないと
思ったりしています。

年齢を重ねることで
分かってきたことと、ずれてきているかもしれない事があります。
時代が変わり価値観が違ってくる中で
若い世代の人たちと一緒に分かち合えるためには
柔らかい心が大切であることも痛感するようになりました。

そして何よりも
昔の自分と今の自分の違いの認識を持ち
若い世代の人たちに助けられている事にも感謝して
今の時代に適応する為の様々な努力が求められているようにも思います。

先への期待や未来への希望がないわけではありませんが
いまの与えられた幸せを大切にして
喜びと共に手を合わせて

このブログを読んで下さっている人たち
そしてその人たちの大切な人たちみんなが平穏でいられますように
改めて祈りたいと思っています。

投稿者 椎名 あつ子 : 16:16 

プロフィール

横浜心理ケアセンター

『横浜心理ケアセンター』

2000年から横浜市中区で開設しているカウンセリングルームです。
多種医療・弁護士などとの協力体制のもと、心理カウンセリングを行っています。
このブログでは、センターの代表である私が、一人の人間として、一人の女性として、またカウンセラーとして、日々の生活の中で感じた様々な出来事などをエッセイ風にみなさんにお伝えしていきたいと思います。

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