2019年07月09日

会話のすれ違いからくる諍い

先日、NHKのクローズアップ現代+の
取材協力を致しました。
その際にお話した内容をまとめてみました。

当センターに相談に来る人は、
お互いの時間的・精神的なゆとりが無い状況から
会話がほとんどなく、
SNSの影響もあると思われますが、
会話というよりも
メールやLINEなどの状況・情報の伝達だけ
になりつつあるように思えます。
まず会話が、会話というよりも、
相手への不満・批判・相手の責任として
非難することばだけが発せられている
状況になっているように感じます。

今回は、夫婦のすれ違いについて、
まずお伝え致します。

<共稼ぎの夫婦の場合>
妻:私ばかり大変で、あなたは何もしていないじゃない!
 →夫:何もしていないというけど、してるだろ
妻:いつも「疲れている」と言って寝ているばかりじゃない!
 →夫:仕事で疲れているのに、疲れて寝てちゃいけないのかよ
妻:いつも言われてからでないと動かないくせに
 →夫:やって欲しいことを教えてくれればいいじゃないか
妻:これで片づけたうちに入るわけ?
 →夫:オレなりには片づけたつもりだよ
妻:もっと早く帰れるんじゃないの?
 →夫:つきあいってものがあるんだよ

妻からすると、
言われなくても、きちんとやってほしい、
もっと私の大変さをわかってほしい、
認めてほしい、理解してほしい
が根底にありますが、
夫は、
細かくぐちぐち言われると聞きたくなくなる、
何もかもやりたくなくなる傾向があり、
シャットアウトしてしまい、
会話がなくなっていきます。
そうすると、
妻からすると話を聴いてくれない、
逃げ出す、といった感覚でしか
夫を見なくなります。

<妻が専業主婦や夫の扶養内で仕事をしている場合>
夫の妻を見下した言い方、バカにした言い方、
上から目線で支配的・権威的・横柄な態度からくることば
夫:オレが稼いでいるんだから、おまえは時間があるんだからこれぐらいできるだろ
 →妻:稼いでるからえらいわけ?
夫:こんなこともできないのか
 →妻:少しぐらい感謝したら?
夫:そんなくだらないことで悩んでいるのか
 →妻:あなたにはわからないのよ
夫:おまえが稼げるならオレが家事くらいやってやるよ
 →妻:それはモラハラよ

夫の頭の中に、
扶養していてあげているのだからとか、
俺が稼いでいるのだから、
このぐらい家の中にいる人間が
すべきだという気持ちがあるために、
横柄な態度や、上から目線の態度が、
妻には日々溜まって来る不満としてあります。
妻は家事や子育ても
時間に追われてこなしていても、
ほめられることもなければ、
当たり前と思われていて
いつも管理されている気持ちになっているため、
何を言っても無駄なんだとあきらめてしまったり、
またはどうせ私は何もできないと
自己否定的になったりしてしまっています。

<自分の考え・感情を言わなくても
分かっているはずと思いこんでいるケース>
妻:たまには1人の時間ぐらいくれてもいいじゃない
 →夫:欲しいなら言えばいいだろ
夫:出かけたいというからこっちは朝早く起きているのに、ぐずぐずするなよ
 →妻:だったら手伝ってくれればいいじゃない
夫:うるさいんだよ、わかったと言っているだろ
 →妻:わかってないから言っているのよ

自分の考えや、感情を
相手が理解してくれるべきと
思いこんでいるケースが多く、
お互いどうしてわかってくれないのか
と思っていることが多いようです。
お互い、別々の人間で、
また、男と女という異性であり、
男の脳と女の脳の違いもあり、
性格も育った環境も違う中、
理解しきれない感覚を
お互い持ち合わせているものだ
という意識が低い場合、
自分の考えを知らず知らず押し付けてしまったり、
理解してもらえないことを
不満に思ったりしてしまっているようです。

みなさんのご家庭ではいかがですか。
ことばは、ことだまとしてとらえると、
とても大切なものですが、
そのことばに
相手を思いやる
優しさや思いやりがないと、
相手には本当の意味で
伝わってこないものであると
感じています。
ことだまを意識してみたいと思います。

投稿者 椎名 あつ子 : 16:14 

2019年05月23日

人生のドラマ

誰にもあやまちはあります。

夫婦のことであったり
親子間のことであったり
その他の人間関係であったりの中で、
相手に刺さる暴言をしてしまったり
強迫や管理をしてしまったり
大きな裏切りであったり
人には言えない隠し事であったりもします。

ここでのカウンセリングでは、
様々なあやまちが織りなす人生のドラマがあります。

私は、裁判官ではありませんので、
過ちを過ちとして話してくれた方に
耳を傾けて聴きたいと思っています。

人は、誰もが、
あやまちを心に秘めていたいかもしれません。
人には言いたくないかもしれません。
あやまちを認めたくないかもしれません。
それは、人間であるがゆえの
無意識であっても
意識的であっても
当たり前にある行動で、
自分を守るための防衛本能でもあります。

ただ、人生のドラマの結末のあり方を
決められるのは
主人公であるその人自身なのだと
思っております。

素直に謝る方向に向かうのか
相手の責任にするのか
自分は悪くないと思っていくのか・・・

あなたは、どんな人生のドラマを
創っていきたいですか?
どんな主人公でありたいですか?

投稿者 椎名 あつ子 : 16:06 

2019年05月16日

「ゆがんだ愛 それから」のそれから

昔々、私はアラブの国に住んでおりまして、
その時感じた砂漠のことを
私の本「ゆがんだ愛 それから」の
はじめに書きました。
あの光景のすべては
私の原点でもあり、
私にとってはカウンセラー人生の
きっかけでもありました。

今年で、横浜心理ケアセンターを開設して
20年が経とうとしているこの時に、
1つの区切りとして
再びアラブのあの砂漠の地に
原点を求めて行ってきました。

あの頃感じた
砂漠の香り、形、色、
太陽の光と影の2つの顔、
無の世界の中からの叫び
などの数々を
もう一度観て感じて
私の魂を呼び起こしたかったのでした。

あれから30年・・・
砂漠はたくさんの観光客にあふれ、
何もなかった砂には
ジープのタイヤの跡が
模様のようにかたどられていて、
ところどころ大きな草が生えていました。

私が昔感じた
極限の存在でも、
残酷な世界でもなく、
あの頃のような
月の光も星の光も
見えにくくなっていました。

私は、あまりの変化を受け止められず、
受け入れられない切なさでいっぱいの感情を
押し殺しながら
ずっと砂漠を見つめていました。

「あの頃のあなたはどこへ行ったの?」
と心の中でささやきながら、
砂を両手でつかみ
さらさらと指の間からこぼれて
地面に落ちていく砂を
見ていました。

太陽が少しずつ砂漠の向こう側に
ゆっくりと落ち始め
あたりが一面、
オレンジ色に輝き始めたとき・・・
たくさんのツアーの人たちが
いっせいに写真を撮り始めました。

私はとにかく1人になりたくて、
砂の丘の丘を
一生懸命走って登って登って
誰もいない空間を探して、
その上に立ちました。
そこには昔と変わらない
やわらかなオレンジの太陽の光と
純粋な砂の姿が
確かに、存在していました。
「おかえりなさい」
そんな声が聞こえた気がしました。
太陽の光も、
砂のひとつぶひとつぶも
変らない世界が
そこにはありました。
変ったのは、
砂漠がたくさんの人々を
受け入れたことでした。
誰も寄せ付けない
すべての生命さえも受け入れない世界
だったけれど、
ほんの少し受け入れ始めていたのでした。

ただ砂漠のもっともっと奥には、
誰も入れない世界は残されていて、
砂漠は本当は何も、
何一つとして変わっていないのだと
思いました。
ただ、自分の存在を知ってもらうために
ほんの少し受け入れる覚悟をしたのだと
思いました。

あれから30年の月日の中で、
あたりまえに私も歳をとりました。
ただ今でも
私の中で変わらないことは、
果てしない自然の世界を求めていて
無である美しさと
凛とした砂漠の姿が
私には原点であるということでした。

光があるから影がある
喜びがあるから悲しみがあり
安定があるから不安があり
真実があるから偽りがあり
愛があるから絶望がある
その意味をこれからも
生きていく中で
大切にしていきたいと
心から、思ったのでした。

投稿者 椎名 あつ子 : 13:50 

2019年05月09日

GW明けの体と心の状態について

10連休が終わり、
現実の生活が始まりました。
大人も子どもも、元の生活に
不安を抱えている状態ではあります。
「学校に行きたくない」
「仕事に行くことが憂うつでつらい」などで、
大人も子どもも同じで
連休で気持ちがゆるみ、
ほっとした後の
現実の生活に
体も心も切り替えがうまくできず、
体調を崩したり
精神的にもダメージを受けている人たちが
多くいらっしゃいます。

4月からスタートの新学期の緊張や
新しい職場の環境に
やっと慣れたところで
10日間の休みが訪れ
ほっとしたのも束の間で、
また、元の緊張状況に身を置くことは、
誰でも、大人でも子どもでも
大変な環境なのです。

この時期は、
とにかく焦らずに無理せず、
体や心が少しずつ慣れるまで
見守っていく気持ちが大切です。
子どもに対しては
親御さんはおだやかに
どんとかまえた気持ちで
「無理しなくていいよ」「大丈夫よ」といった
言葉かけも必要だと思います。

また、大人の場合は、
連休も明けたのだから
しっかりしないとといった
自分を追い込むような感覚よりも
連休中の楽しかったことなどを思いだしながら
焦らずに過ごしていただきたいと
思っています。

ただ、連休前から抱えている問題があり、
連休中は考えないでよかったけれど
また現実の生活の問題が
再び浮上してきてしまった場合は、
悩んでいる様々な問題の中で
今、自分で対応できることは何なのか、
また何からなら始められるのかを
たとえ小さな事でもいいので
悩むことより、まず考えて、
探してみることも
大切な一歩である気が致します。

それでもうまく1人では考えつかない場合は、
専門家などの意見を聞いてみることも
必要であると思っております。
自分1人では考えつかなかったような
違った見方や方向性が見つかることも
あると思います。

今は、優しく
自分を、そして子どもを
見守ってみてください。

投稿者 椎名 あつ子 : 12:41 

2019年04月16日

子どもの心と身体の変化について ~起立性調節障害とは~

新学期になりました。

子どもたちにとっては、
クラスの担任が変わったり
仲のいい友達と離れてしまって
新しい友達ができるか不安だったり、
学年も変わり
部活動と勉強の両立ができるのか
心配だったりと、
様々な環境の変化にとまどう時期でもあります。

こういった時期の不安や心配や
また、安定しない季節の変わり目などにより
不調を訴えるお子さんも
増えてくる時期でもあります。
こういった一時的な
誰にでも起こる変化の影響の場合は、
時が経って落ち着くこともあります。

ただこういった環境の変化の影響が
一つの原因となり、
朝起きられない症状が長引く場合が
あります。

その一つの病気に
起立性調節障害というものがあります。
だるさやめまい、頭痛、腹痛などの
症状が重なり、
朝が起きられなくなります。
起立性調節障害は、
自律神経系が不安定となり、
循環器系の調節がうまくいかなくなる疾患
でもあります。
血圧が低下したり、
心拍数が上がりドキドキしたり、
クラクラして立ち上がれなくなったりもします。
そのため、学校に行くことも不安になり、
不登校になりやすい場合もあります。
この疾患に関しては、
小学校高学年~中学生に多く見られ、
ここにもそういったお子さんを持つ親御さんが
相談に来るケースは
たくさんございます。

親としては、心配しながらも
学校に行くべきと考えやすく、
朝起きれないのは
早く寝ないでぐずぐずして
ゲームばかりしているからで、
学校に行くことがめんどくさくて
さぼりたいからだと
思いたくもなります。

また、今まで、楽しんで行っていた
塾や習い事も行かなくなり、
人とも会いたがらず
なまけ病になっているだけだとも
本人についつい責めたくなりがちです。

しかし、本人が頑張っていないからではなく、
がんばれない病気の場合も多いのが
事実でもあります。
こういった状態は、
精神的、環境的要因とも
関係があります。
普段、親からも、
しつけや成績のことなどで
厳しく育てられ、
本人も真面目で責任感や正義感が強かったり、
失敗することをとても怖がったり
気にしたりする性格の場合、
ストレスを溜めこんでしまいがちとなり、
自律神経の調節がうまくいかなくなっている
場合もあります。

小学校高学年~中学生ぐらいの時期は、
第二次性徴期にも近づく時で、
身体も心も大人になっていくための
準備の時でもあり、
様々なことが起きうる時でもあります。

もし、今、お子さんが少しでも
前と違った変化で苦しんでいたり、
心配していたりした場合は、
親の考えで抑えつけたり
怒ったりせず、
まず病院やカウンセリングなど
専門の場所に連れていってみてあげて
いただきたいと思っております。
もし、お子さんが家から出られない場合は、
まずは親御さんだけでもよろしいですので、
相談してみたらいかがでしょうか。

子どもの人生は
まだまだ先があります。
今のこの状況は
必ず落ち着く時が来ますので、
ゆったりした気持ちで見守りながら、
早めの対応をしてあげていただきたいと
思っております。

投稿者 椎名 あつ子 : 14:09 

プロフィール

横浜心理ケアセンター

『横浜心理ケアセンター』

2000年から横浜市中区で開設しているカウンセリングルームです。
多種医療・弁護士などとの協力体制のもと、心理カウンセリングを行っています。
このブログでは、センターの代表である私が、一人の人間として、一人の女性として、またカウンセラーとして、日々の生活の中で感じた様々な出来事などをエッセイ風にみなさんにお伝えしていきたいと思います。

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