2023年04月アーカイブ

2023年04月25日

感覚と心と脳

「パリの調香師 しあわせの香りを探して」
(監督・脚本:グレゴリーマーニュ)
というフランス映画を観ました。

嗅覚を失った
天才的でわがままで人嫌いな女性調香師が
嗅覚を失ったことで第一線の華やかな
フランスの香水業界から見放されていく中で
うだつのあがらない運転手と
少しずつ心を通わせていき
再起をかけるロードムービーです。

香りをどう映像で見せるのか?

それは結局言葉による表現になります。

主人公の調香師が洞窟の壁を触って匂いを嗅ぐとき
「アヤメの根っこ、オーク、苔の混ざった匂い」と言います。

また調香師が新しく調合した香水を運転手に嗅がせ
意見を求めるシーンでは、
彼は「蝋で磨かれた古い家具、教会のような匂い」と答え
それは蜂蜜をベースにしたものだったので
的を得た感想だったことがわかります。

昔ワインのテイスティングの体験学習をした時に、
講師の方が
「どんな味がしたか、なるべく多く書き出してみてください」
と言われたことがあります。

ただ「甘い」とか「軽い」とかではなく
例えば「初夏の少し湿った土のような香り」とか
様々な言葉を用いてワインの味を定義していく。

結局、言葉が味を形作っていき
今度は自分のメモを見返すと
その味がよみがえってくる。

表現が豊かであればあるほど
その味が生き生きとよみがえることになります。

料理を作ってもらったり
どこかで食事をするときも、
ただ「美味しい」だけではなく
どんなふうに美味しいのか、
いろいろな表現を使ってみると
より豊かな経験値として
脳に刻まれていくのではないでしょうか。

またコミュニケーションの幅も広がるに違いありません。

またこの映画では、この女性に嗅覚の専門医が
あきらめかけていた治療をしていく決心を
促す言葉が印象的でした。

「対処を誤ると嗅覚障害は再発する」
「鼻と脳が協力するのをやめてしまうんだ」
「治療法の1つは仲違いの原因を見つけ関係修復を図ること」
「原因不明なら思い出させる」
「協力すれば可能性が広がることを」
それは、
「私とあなたも同じだ」
「協力しよう」

この専門医とその女性の関係は
ある意味、精神科やカウンセラーと
クライアントの関係にも似ているような気がしました。

専門家がクライアントを治すのではなく
あくまでも「協力すれば可能性は広がることを」ということ。

この映画は私に重大なことを
改めて教えてくれました。

そして、心と脳が協力することをやめてしまう
様々な精神の病気は
心と脳の仲違いの原因を見つけて関係修復を図ること…
それは、専門家と治療者との関係でも同じであるということ…

映画の中のセリフは
時に大きな人生のアドバイスにもなるのだと
感じた日でもありました。

投稿者 椎名 あつ子 : 13:04 

2023年04月18日

【運命を受け入れる】

「食べられるドローン」という見出しに
思わず目を奪われました。

ドローンとは、ご存知の通り
遠隔操作により飛行する無人機で
空中撮影や物品の輸送、農薬の散布、
また軍事用にも使われ、
最近ではウクライナ軍が攻撃で使用したという
ニュースを耳にすることもあります。

この重い金属の塊といった印象の飛行物体が
「食べられる」とは?

記事をみると、
翼が米の「せんべい」のようなものでできていて
災害時に避難者を見つけるとともに
自らが非常食となって救命するというものです。

機体が食べられる軽量素材で作られるため
積み荷としての食料も従来より増やすことができ
しかもゴミとして残る部分が少なく環境にも良いとか。

アニメの「アンパンマン」のような話ですが
開発に携わる日本の大学の究極の目標は
移動できる「ロボットのような食べ物」
を作ることにあるそうです。

AI(人工知能)の開発も進み
学習し、自ら行動するいわゆる「自律型ロボット」が
実用化されるのも遠くないと思います。

それこそアンパンマンのように
「人間のように」会話ができるロボットもやがてできるでしょう。

記事によると、
食べられるドローンには食料を届ける他に
孤立した人を慰め
救助が来るまで頑張る希望を持たせる効果もあると書かれています。

でも…。
もし人工知能を持つ「食べられる」ドローンができて
そしてそのロボットに癒やされて
友情が芽生えたりしていて
災害などで孤立した避難者のところにたどり着き
「私を食べて」と言った時、
「ありがとう」と食べられるかな?

アンパンマンなら、すぐ新しい顔ができることを知っているので
ありがたく頂戴できそうですが
食べたらいなくなってしまうと思うと
ロボットに対して淋しいという気持ちが生れて
躊躇するかもしれません。

そしてもし、人工知能を持つドローンが
「食べられたくない」と思ったら?
自己犠牲をプログラムされているから問題ないはずですが
「知能」を持ったドローンは
自分の「運命」を受け入れるのでしょうか?

誰もいない二人(?)だけの空間で
その時、ロボットとどんな会話が交わされるでしょう。

そんなことを考えながら
自分の「運命」をどんな時も
どんなことが起きても
嘆いたり、悲しんだりせずに
そのまんま素直に感謝して受け入れられるプログラムを
ロボットのように私の脳にインプットしてほしいと
心から思った日でした。

投稿者 椎名 あつ子 : 15:52 

2023年04月07日

死を受け入れるということ

坂本龍一さんが亡くなりました。

昨年の6月に月刊誌の「新潮」で
「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」という連載を開始し、
がんがステージⅣであることを明らかにした時はショックを受けました。

連載の題名を見ただけで、
彼が死を覚悟しつつ、残された時間の中で
人生を振り返っておきたいと考えたことがわかりました。

彼ほどの有名人が病状を赤裸々に公表するには
どれほどの覚悟と勇気がいることでしょう。
しかし彼は夏目漱石が49歳で亡くなったことを引き合いに出し
「ぼくは十分に長生きしたことになる…(中略)
…せっかく生きながらえたのだから、敬愛するバッハやドビュッシーのように
最後の瞬間まで音楽を作れたらと願っています」とコメントしています。

偶然にもこの数週間、
写真家の幡野広志さんの連載エッセイを読む機会がありました。
幡野さんは36歳にして多発性骨髄腫という血液がんに罹患し
余命3年と宣告されましたが、治療しながら写真家として
またエッセイの著作などで活躍されています。

幡野さんはあえてユーモアを交えながら自らの経験を語りますが、
「がん患者に「頑張れ」という声掛けはやめたほうがいい、
なぜならがん患者はすでに限界近くまで頑張っているからだ…(中略)
…そもそも言葉をかけるのではなくて、言葉を聞けばいいのだ」と。

そして「がんになると絶望感と孤独感で死にたくなる」とした上で
それでも死ななかったことについて
自殺を考える状態から現在までうまく回復できた3つの柱を挙げています。

一つ目は適切な標準医療で痛みや苦しさを可能な限り取り除くこと、

二つ目は、なんでもいいから継続して得られる収入の確保。
仕事ができない人は生活保護に頼ること。

そして三つ目は、自分が役に立っているという実感。
「ありがとう」を継続して確保すること。

幡野さんの場合は入院中に手品を勉強して
病棟のロビーで子供たちに披露して喜ばせたり
家では家事を継続したと綴っています。

特に三つ目の柱だけは「頑張ろう」と強調しています。

この三つ目の柱は、人の役に立って感謝されることがいかに重要で、
生き甲斐につながるかを示していると思います。
語弊を恐れずに言えば、坂本龍一さんにとって音楽を作ることが、
この三つ目の柱だったのではないか…と勝手に考えたりしました。

私は幸運にも坂本龍一さんが最後に取り組んだ、
昨年12月11日に世界に配信したピアノコンサートを視聴することができました。

私は映画シェルタリング・スカイの曲が大好きなのですが

痩せ細って血管が浮き彫りになった長い指で一つ一つの音を確かめるように
丁寧に優しく弾いていました。
そして、真っ白な美しいサラサラの髪の間から見える顔の表情からは
遠い果ての世界をまっすぐに見つめる瞳の中に
静かな月のような光が見えているように思いました。

それはきちんと覚悟して死を受け入れた人だけが味わうことのできる
尊いぬくもりのような
息づかいのような
そこに存在するおだやかな空間のような
時が刻まれる音のような
そんなフォルムを私達に与えてくれていたように思いました。

彼は永遠にたくさんの人たちの心の中に
生き残り続けていくことでしょう。
日本人として誇りに思います。

坂本さんが好んだラテン語の一節は
Ars longa vita brevis (芸術は長く、人生は短し)

心からのご冥福をお祈り致します。

投稿者 椎名 あつ子 : 14:48 

2023年04月04日

期待と失望

テレビのトークショーで俳優の大泉洋さんが
「僕はとにかく期待に応えたいんですよ」と言ったのを聞いて、
彼の人気の源泉を見たような気がしました。

人に期待を裏切られるのは辛いものです。

期待が大きいと、期待はずれになった時の
失望の度合いも大きくなります。

また、成果や見返りを求めてなかったはずでも、
やはり相手の反応や行動が期待はずれでがっかりすることもあります。

あらかじめ期待しないでいれば、失望することもありません。

がっかりするくらいならはじめから期待しなければいい。
確かに自分を守るためには期待を持たない方が無難かもしれません。

しかし期待する気持ちを抑えてばかりいると、
諦める癖のようなものが身について消極的になり、
心を閉ざしてしまうことにもなりかねません。

期待をかける。
期待は人への信頼であり、
ひとつの賭け、チャレンジといっていいかもしれません。

失望を恐れていては何も始まりませんし、
喜びも発見にも出会えません。

もし期待はずれになっても「失望」は「経験」と読み替える。

ここで大事なのは、
失望を怒りに変えないことだと思います。
「あんなに期待したのに。裏切られた。頭に来た」となると、
せっかくの信頼や「チャレンジ」の心が毒に変わってしまいます。

「あの人に期待したけれど、もしかすると
自分の見方のここに間違いがあったのかもしれない」

「見返りを求めていなかったはずが、
いつのまにか過大な期待をかけていたのかもしれない」

いわば投資に対する自己責任のように分析する…。

ただ…私は、頭では分かっていても
なかなか行動にできないことも多く、
先日も老いた両親にたくさんの失望を感じて
何日間も心を痛め切ない思いをしたりしていました。

こうした経験や反省を重ねることが
いつかどこかで生きてくるはずだと思いたいですし
失望を恐れるあまり、
期待、希望、信頼といった心を閉ざしたくないものだと思っています。

あとは、大事なのはユーモアですね。
大泉洋さんの魅力はそこにある気もします。

年を重ねていてもまだまだ未熟で
人生アマチュアな私は
期待と失望の繰り返しをしながら
今日も精一杯生きています…。

投稿者 椎名 あつ子 : 12:29 

プロフィール

横浜心理ケアセンター

『横浜心理ケアセンター』

2000年から横浜市中区で開設しているカウンセリングルームです。
多種医療・弁護士などとの協力体制のもと、心理カウンセリングを行っています。
このブログでは、センターの代表である私が、一人の人間として、一人の女性として、またカウンセラーとして、日々の生活の中で感じた様々な出来事などをエッセイ風にみなさんにお伝えしていきたいと思います。

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