マイウェイ 女性カウンセラーのプチ・エッセイ

休日に思い立って、奈良に行った。
奈良の春日大社に行こうと思った。

今月の終わり、
父が心臓の手術をすることになり、
それが、私の中で、
ずっと引っかかっていたのだ。

奈良は、行くと決めると意外と近く、
横浜を出てからあっという間に
春日大社のたくさんの鹿が、
私を出迎えた。
さっきまで雨が降っていたらしく、
木々の葉は濡れてみずみずしく、
美しさを増し、
光と水が調和していた。
かわいい鹿の体毛は、春そのもので、
やわらかで、やはり濡れていた。

広い春日大社を、ゆっくりと散歩し、
祈祷室で、すべての心の不安と夢を、
手を合わせ、心の中で神と話した。
神がだまって聞いてくれているかのような
安心感の中で、
ただひたすら、ひたすら、祈った。
父の手術のこと、
そして私とかかわりのある人すべての
平安を祈った。
あたたかい涙がこぼれた。
とにかく無心に手を合わせたかった。

祈祷室で、ひとつの言葉が天から降りてきた。
私の心の中に降りてきた。

「和して同ぜず」

人との関係において、空気を読み、
人との関係もそこそこに保ち、
人の気持ちも感じ取り、
文化や歴史も大切にしながらも、
最後は自分の軸を持って、
流されない生き方。

そんな教えが、すっと天から
私の中に入ってきた。
この声を聞くために、
私は今日、奈良に呼ばれたんだ。
何か見えない力に導かれて。

私は、この感覚を大切にしたいと、
今、本当に思っている。
私たちは、何か大きな力によって、
生かされているのだろうから。

遠い親戚の法事に出かけた。
三十三回忌、二十三回忌という、
これで最後かもしれない
大きな法事だった。
お年を召したお寺のお坊さんが、
いい話をしてくれた。

亡くなった人たちを思い出し、
亡くなった人たちの、
確かにいた存在を忘れずに、
今、生きている私たちは、
この世界で苦しむことを恐れず、
悩むことを嫌がらず、受け入れて、
この現世の世界を歩ませていただく。
これが、仏教でいう娑婆という意味。
…というようなことだった。

親戚といえども、今まで長い間、
会っていなかった人たち、
会ったこともなかった人たちが集まり、
一緒にこの時を過ごし、
故人を想い、懐かしむという、
日本の文化に改めて感動した。

言葉にならない、
決して数値化できない、
魂の存在という、
ある意味、古典的なことに、
私たちは、本当は守られて、
基盤として過ごしているのかもしれない。

誰もがいつか死に、
誰もが自分の最後を知ることはなく
生きている今、それこそが、
あるがままということなのだと思った。

都会から離れて、
古典的な寺の建物や
風景に心を洗われつつ、
素敵な言葉が染み入っていった

いい週末だった。

やさしい一日だった。

遠いところで仕事を始めた娘と、
私の側にいる娘から、
母の日のプレゼントが届いた。

地上に広がる夕陽の
オレンジと薄いブルーの
やわらかい光の中でのドライブ。

実家での、私の母を囲んでの
手作りギョウザの夕食。

どんなにつらいことがあっても、
どんなに不本意で許せないことがあっても、
家族が存在することへのありがたさを
素直に受け止めた日。

昔から、こんな形ではなかった私たち家族も、
一人一人が独立し、
一人一人が年を重ね大人になり、
一人一人が成長し、
一人一人がさまざまな過去を越え、
一人一人が許しあい、
一人一人が個々と向き合っていったのだと思う。

美しい一日だった。
家族の重さの意味を感じた。
そう、こんな年になってやっと。

ここ10年、父を許し、母を許し、
父を受け入れ、母を受け入れられた。
小さい頃、両親を嫌いだった中で、
私が、自身のないまま子どもを育て、
そして、子どもが成長し、私を越え始めた今、
やっと、私の過去の人生に対して、
静かに、波の音を目をつぶって聞き入るように、
穏やかな気分で、過去を過去として
思い出せるようになったのだと思う。

私の人生を、もしも、もう一度やり直せるのなら、
私は、昔をもう終わらせたい。
幕を下ろして、抱きしめたい。
これからの時間を、そう過ごしたいと、
本当に思っている。