2008年04月アーカイブ

2008年04月04日

バーボン

妻の余命があと1ヶ月。
肺にでき始めたがんは、
ありとあらゆるところに転移し、
もう、治療という治療すべてを
やり終えた。

夫は、静かにバーボンを飲みながら、
話し続ける。

「妻のことでがんばることは、
もう何もないんです。
何というか、現実だけが、
今、僕に覆いかぶさっているだけです。」

今まで、当たり前のように
妻がしていた役割。
犬の散歩、洗濯、掃除、食事の支度、
銀行の支払い、通帳記入、
自治会の会合出席…

すべての細々としたことは、
本来の仕事にプラスされ、
夫の仕事となり始めている。

現実を見るとはこういうことだとは、
今まで気付かなかったと、
反省のような、
後悔のような、
悲しみのような、
絶望のような表情のまま、
男は固まっていた。

側にいた、年上の女性が、
うなだれる彼に言っていた。

「男は弱いのよ。
妻に面倒なことは任せて、
逃げて生きているから。
妻は、現実と闘って生きているから、
夫ががんでも、死んでも、
すべてをこなしていくのよ。」

私は黙って、
2人の姿を見続けた。
まっすぐに、その男性と女性の目を見て、
現実というものを知ろうとしていた。

年をとるということは、
こういうことなのだと。
自分で自分の人生に、
責任を持つということ。
それは、たとえ、
自分が残り少ない人生でも、
そして、相手がたとえそうなっても、
最後は一人。
覚悟して生きる。

その日の夜のバーボンは、
久しぶりに強烈に私の胃を刺激し、
そして私を、少し強くした。

投稿者 椎名 あつ子 : 17:25 

プロフィール

横浜心理ケアセンター

『横浜心理ケアセンター』

2000年から横浜市中区で開設しているカウンセリングルームです。
多種医療・弁護士などとの協力体制のもと、心理カウンセリングを行っています。
このブログでは、センターの代表である私が、一人の人間として、一人の女性として、またカウンセラーとして、日々の生活の中で感じた様々な出来事などをエッセイ風にみなさんにお伝えしていきたいと思います。

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