2006年09月29日

父と私

その日は、とてもいい一日でした。
こんなにもゆっくりと親子だけで食事をしたのは
久しぶりでした。

父と母とは、よく二人で出かけますが、
私は仕事があるため、なかなかゆっくりと
食事をする時間がとれずにいました。

どこにでもある普通の親子に周りからは映っていたと思いますが、
この日は私にとって特別な日でした。
父が、その日は一通の手紙を持ってきていました。

父はこの手紙を、ある人のお嬢さんに
来年の高校卒業の時期に向けて書いたものらしく、
私に見せてくれました。

その文章はまさに父そのものでした。
昔から仕事人間で厳しく、そしてまじめすぎるところが
私には苦手な父だったのですが、
まさにそれは父の言葉でした。

「今までに、幸運であったこと、不運であったこと、
 色々なことを経験してきました。
 今になって後悔することも沢山あります。
 あなたが今後生きていくために、
 この人生経験を参考にしてもらいたいことがたくさんあります。
 

 今回はひとつだけ話します。

 『後悔先に立たず』ということわざがあります。
 私が子供の頃、このことを親や先生から
 何回も聞かされ、教育されて育ったのでした。

 その頃は後になっても後悔しないよう、
 常に失敗がないように注意して行動しなさい、
 という意味だと思っていました。
 そして、私は気がつくと、
 何かするときいつも失敗を恐れて
 前に進むことができない人間になったように思います。
 

 これはこれで間違ったことではありませんが、
 あまりこのことを気にしすぎると、
 人間の前進の妨げになると今になって思っております。
 人間が大きくなるには、
 あまり失敗を気にしないことが大事だと考えるようになりました。
 

 ただ、常に後を振り返って、反省を怠らないことを
 忘れないで下さい。
 一ヶ月経ったら、過ぎ去った一ヶ月のこと、
 一年経ったら過去一年間のこと、
 つまり人生の区切りで、
 今までの自分の歩んだ道について良く考えられる人間になってください
 ・・・・・・
 ・・・・・・」

このような内容の手紙を見せてから、
父は私にひとこと言いました。

「これは、あなたに伝えたかったことかもしれない。」と。

私はじーんとあつくなる思いが
顔に出ることが少し恥ずかしくなり、
思い切って話しはじめました。

「昔、私が子供だった頃、パパは、
 何でもできないことはないんだ、
 できないのはオマエの努力が足りないんだ、
 と言い続けたよね。
 私は、だから何かできないことがあると、
 自分を責めて努力が足りないんだ、
 ダメなんだ、と思ってしまっていたの。

 でも、今になってその意味がよく分かるようになったよ。
 努力してもすぐ結果がでなくて、
 だめな時期はあるけれど、
 努力をし続ければ必ずいつかそれなりの結果は
 出るということ。

 時間はかかるかもしれないけれど、
 あきらめてはいけないと思えるようになったよ。
 でも、あの頃は分からなくて反発してたね。」と。

父は黙ってうなずいていました。

しばらくしてから、
「おまえがそうやって今になって分かってくれたことは
 パパは伝え方が足りなかったけれど、
 あの頃、いい続けてよかったと思えるよ」
と、話してくれました。

私と父の大きな考え方の溝は、
20年以上経って、やっと
分かりあえたのでした。

私は帰りの電車の中、
ずっと父と2人で、たわいのない話をしていました。

彼の生きてきた時代、
戦争体験者でもあり、
高度経済成長の時代と共に
仕事に命をかけた一人の人生を考えた時、
私は、父を誇りに思えたのでした。

私は心から、父の娘でよかったと思えたのでした。

しかし、こうなるのに、
長い長い時間がかかったことも本当でした。

今日は本当にすてきな日でした。

投稿者 椎名 あつ子 : 14:08

プロフィール

横浜心理ケアセンター

『横浜心理ケアセンター』

2000年から横浜市中区で開設しているカウンセリングルームです。
多種医療・弁護士などとの協力体制のもと、心理カウンセリングを行っています。
このブログでは、センターの代表である私が、一人の人間として、一人の女性として、またカウンセラーとして、日々の生活の中で感じた様々な出来事などをエッセイ風にみなさんにお伝えしていきたいと思います。

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